
自分らしく働くとは、組織とどう関わることなのか ―シャインの「キャリア・ダイナミクス」から考える
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「自分らしく働きたい」
そう考える人は少なくないでしょう。
自分の好きなことを仕事にしたい。
自分の価値観を大切にしたい。
自分に合った働き方をしたい。
これまでのコラムでも、「好き嫌い」やエドガー・シャインの「キャリア・アンカー」を取り上げながら、自分自身が何を大切にしているのかを知ることの重要性について考えてきました。
一方で、私たちは一人で仕事をしているわけではありません。
会社という組織の中で働くのであれば、そこには組織の目的があり、顧客からの期待があり、上司や同僚との関係があり、そして自分に対する役割の期待があります。
本シリーズの第5回では、シャインの「キャリア・サバイバル」を通じて、変化する環境の中で、自分の職務や役割を捉え直すことについて考えました。では、
「自分が大切にしたいこと」と「組織から求められること」について今回は、シャインの「キャリア・ダイナミクス」という考え方から捉えていきます。
エドガー・H・シャインには、『キャリア・ダイナミクス――キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である』という著書があります。
日本では白桃書房から1991年に刊行され、二村敏子氏、三善勝代氏が翻訳しています。
原著は1978年に出版され、そのタイトルはタイトルは、
Career Dynamics: Matching Individual and Organizational Needs
です。
日本語にすれば、「個人のニーズと組織のニーズをマッチさせる」という意味になります。
ただ、ここでいう「マッチング」を、私は「自分と会社が完全に一致すること」と捉えるべきものではありません。
なぜなら、この本で扱われているのは、単純な「適職探し」ではないからです。
本書では、まず個人の成長やライフサイクルという、個人が時間経過とともに変化していく点に注目しています。さらに個人と組織(会社や仕事として所属する団体など)との関係性の変化を追っています。
その過程には、組織への参入、仕事の習得、組織と個人の「相互受容」から心理的契約が成り立つこと、仕事生活を送りながら「キャリア・アンカー」が確立され、キャリア中期に起こる私たちの変化について言及しています。
そして変化していく個人に対して組織が取り組むべき人材資源の計画と開発、個人に対する職務・役割計画へと議論が展開されています。
詳細については書籍をご覧いただきたいのですが、いずれにせよ個人と組織の関係そのものを、時間の流れの中で捉えています。
会社に入ったら、私たちは「会社に合わせる」のか?
会社に入ると、最初は分からないことばかりです。
会社の仕事の進め方を覚える。
組織のルールを理解する。
先輩や上司との関係をつくる。
顧客との関わり方を覚える。
こうして、私たちは少しずつ「その会社で働く人」になっていきます。
このような過程をシャインは「社会化」と表現し、個人と組織がどのように関わりあっていくのかに注目しています。
もちろん、組織には
「この人に仕事を覚えてもらいたい」
「会社の考え方を理解してほしい」
「こういう役割を担ってほしい」
という期待があります。
しかし、キャリア・ダイナミクスにおいては、個人が組織に一方的に適応することだけを見ていないことです。
本書には「相互受容」という章があります。
組織が個人を受け入れるだけではありません。
個人もまた、その組織を受け入れていく。
そこには、「この会社で働き続けたいのか」「この会社は自分にとってどんな意味を持つのか」といった、個人側の判断もあります。
ここが、とても重要なところだと思います。
会社は社員を選びます。
採用面接をして、「この人を採用しよう」と判断します。
しかし、実は社員も会社を選んでいます。
「この会社で働きたい」
「この仕事ならやっていけそうだ」
「この会社の考え方には共感できる」
と思ったからこそ、その会社に入ったはずです。
そして、働き始めてからも、
「この会社で働き続けたい」
「この環境は自分には合わない」
「ここでは自分の力を発揮できない」
と考えることがあります。
つまり、会社と個人の関係は、会社が社員を選ぶ一方向のものではありません。
お互いが相手を見ながら、その関係をつくっていくものなのです。
シャインの『キャリア・ダイナミクス』では、「相互受容」の中で心理的契約というテーマも扱われています。
心理的契約とは、簡単に言えば、
「会社は自分にこうしてくれるだろう」
「自分は会社にこう貢献しよう」
という、明文化された契約書には書かれていない、お互いの期待のようなものです。
例えば、社員は、
「この会社なら、自分を成長させてくれるだろう」
「頑張れば、仕事を任せてもらえるだろう」
と思っているかもしれません。
一方、会社は、
「この人なら、将来はリーダーになってくれるだろう」
「長く働いて、会社を支えてくれるだろう」
と期待しているかもしれません。
ところが、この期待がずれてくることがあります。
社員は「もっと専門性を高めたい」と思っているのに、会社は「管理職になってほしい」と考えている。
会社は「新しいことに挑戦してほしい」と思っているのに、本人は「安定した仕事を続けたい」と考えている。
このようなズレは、決して珍しいことではないでしょう。
ここで、本シリーズ第2回で取り上げた「キャリア・アンカー」が登場します。
キャリア・アンカーとは、仕事に対する経験・能力、欲求・動機、価値に対する自己イメージであり、「絶対に譲れない」と感じるものです。
このキャリア・アンカーは、その人が生まれた時から自分の中に持っているものではなく仕事を経験し、組織と関わり、さまざまな出来事を経験する中で、自分自身について理解が深まっていくことによって見出されるものだとされています。
実際、シャインの研究では、同じ組織を離れたり、組織内で仕事が変わったりしても、その人の中で大切にされ続けるものがあることが発見され、それがキャリア・アンカーの概念につながりました。
つまり、
働く経験を積み重ねることによって、自分のキャリア・アンカーは見出されるということです。
ここは、本シリーズ「好き嫌い」というテーマともつながります。
私は、キャリアにおいて、自分の好き嫌いを知ることは大切だと考えています。
でも、
「自分はこれが好きだから、この仕事をする」
と最初から決めてしまえばよい、という話ではありません。
まずは与えられた仕事をしてみる。
誰かと一緒に働いてみる。
責任を任される。
失敗する。
新しいことに挑戦する。
そこで初めて、
「自分はこういうことが好きだったんだ」
「これは意外と苦手だった」
「人から評価されることより、自分は専門性を高めることを大切にしたい」
と気づくことがあります。
自分らしさは、仕事から離れて考えるだけでは見えてこない。
仕事を通じて、自分自身を知っていくこともできるのです。
そして、もう一つ重要なのが、組織も変化するということです。
会社の事業が変わる。
経営者が変わる。
顧客が変わる。
技術が変わる。
社員の構成が変わる。
そうなれば、会社が必要とする人材や役割も変わります。
第5回で取り上げた「キャリア・サバイバル」は、まさにこの変化する仕事や役割を捉える視点でした。つまり、
個人も変化する。
組織も変化する。
そして、その関係性も変化する。
個人と組織、さらに個人と組織の関係性が変化する前提でキャリアを捉えるのが、「キャリア・ダイナミクス」のポイントになります。
ここまで考えると、キャリアについて、
「自分を優先するのか、会社を優先するのか」
という二択で考える必要はないことが見えてきます。
自分には、自分の大切にしたいことがあります。
会社には、会社として実現したいことがあります。
顧客には、顧客の期待があります。
社会には、社会として求められることがあります。
これらが完全に一致することは、おそらくないでしょう。
だからこそ、キャリアを考えることは、
「どちらが正しいかを決めること」ではなく、「それぞれの違いを理解した上で、どのような関係をつくっていくかを考えること」
なのだと思います。
ここで、これまで私が大切にしてきた言葉がもう一度出てきます。
それが、「ブレンド」です。
心理学者の渡辺三枝子氏は、キャリア・カウンセラーのイメージについて「個人のニーズと組織のニーズの最良のブレンドを目指して、多様な援助行動をとおして個人と組織に働きかける人」と表現しています。
これは、「個人に合う会社を探す」という意味でのマッチングとは、少し違った印象を受ける言葉です。
完全に一致する場所を探すのではなく、
「会社からは、こういうことを期待されている」
「自分は、こういうことを大切にしている」
「では、この二つを踏まえて、自分はどんな役割を担えるだろうか」
と考えていく。
場合によっては、会社側が仕事の役割を変えることもあるでしょう。
本人が新しい能力を身につけることもあるでしょう。
あるいは、本人が「実はこの仕事も面白い」と新しい自分を発見することもある。
個人と組織の関係そのものを、少しずつつくり変えていく。
私は、ここに「キャリア・ダイナミクス」の面白さがあるように思います。
また「キャリア・ダイナミクス」の邦訳本では「調和」という言葉が多く登場します。
この「調和」という言葉にも、違ったもの同士がお互いにうまく響き合って良い効果を発揮しているような状況が想像できます。
「キャリア」、「カウンセリング」、「コンサルタント」など、ぴったり合致する大和言葉が見当たらないことが多いこの領域において、「調和」は「マッチング」や「ブレンド」よりも、むしろ私たち日本人に理解しやすい言葉なのかもしれません。
このように個人と環境とのニーズが完全に合致しないであろう現実がある以上、私は「自分らしく働く」ということを
「好きなことだけをすること」
だとは考えていません。
会社で働く以上、自分の好きなことだけをしているわけにはいきません。
社会人として果たすべき責任もあります。
顧客からの期待もあります。
組織から求められる役割もあります。
それでも、その中で、
「ここは自分らしくできている」
「この部分は好きだ」
「この仕事では自分の強みを活かせている」
というものが、多かれ少なかれ存在していることが大切なのではないでしょうか。
好き嫌いを100%実現する必要はありません。
むしろ、100%を求めると、かえって仕事の選択肢を狭めてしまうかもしれません。
一方で、自分の好き嫌いや価値観を完全に押し殺してしまうのも、長いキャリアを考えれば無理があります。
自分と組織の間に、自分なりの接点をつくっていく。
それが、自分らしく働くということなのかもしれません。
『キャリア・ダイナミクス』では、キャリア中期の問題も扱われています。
これは、キャリアが一度決まったら、その後はそのまま続いていくものではないことを示しています。
若い頃には大切だったことが、年齢を重ねると変わるかもしれません。
仕事より家庭を大切にしたい時期が来るかもしれません。
専門性を追求することから、人を育てることに関心が移るかもしれません。
会社の状況が変わり、それまでの役割がなくなることもあるでしょう。
だからこそ、キャリアは「一度決めたものを守り続けること」ではありません。
その時々の自分と環境との関係を見ながら、つくり直していくものなのだと思います。
「キャリアは自ら創造し続けていくものだ」と捉えるべきでしょう。
ここまで5回のコラムを通じて、
「好き嫌い」
「キャリア・アンカー」
「経営者と従業員」
「会社というキャリア形成の場」
「キャリア・サバイバル」
について考えてきました。
そして今回、そこに「キャリア・ダイナミクス」という視点を加えました。
すると、キャリアは単純に、
「自分は何がしたいのか」
だけでは語れないことが分かります。
自分自身。
組織。
仕事。
家庭。
顧客。
社会。
さまざまなものとの関係の中で、私たちのキャリアはつくられていきます。
だからこそ、
「自分に合う会社を探す」
だけでもなく、
「会社に自分を合わせる」
だけでもない。
その間にある関係を、自分なりにつくっていく。
それが、キャリアを「ダイナミックなもの」として捉えるということなのではないでしょうか。
ここまで考えると、最後に一つの問いが残ります。では、
「自分は何を大切にしたいのか」
「組織は何を求めているのか」
「その二つの間で、自分はどんなキャリアをつくっていきたいのか」
これを、誰が一緒に考えてくれるのでしょうか。
もちろん、自分一人で考えることもできます。
上司や同僚、家族に相談することもできます。
そして、もう一つの選択肢として、キャリア・カウンセラー(キャリアコンサルタント)に相談するという方法があります。
キャリア・カウンセラーは、
「あなたはこの仕事が向いています」
「転職した方がいいです」
と直接結論を提供する人ではありません。
むしろ、相談者自身が、
「自分は何を大切にしているのか」
「今の環境で何が起きているのか」
「これから、どうしていきたいのか」
を考え、祖団社が自分なりの答えを見つけていくための支援者です。
「好き嫌いを社会の価値へ」というテーマから始まった7回のコラムの最後に、キャリア・カウンセラーは、個人と組織の間でどのような役割を果たせるのかについて考えてみたいと思います。
《参考文献》
エドガー H.シャイン著 二村敏子+三善勝代訳. キャリア・ダイナミクス:キャリアとは、障害を通しての人間の生き方・表現である。.東京,
白桃書房, 1991,327p.
エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳. キャリア・アンカー:自分のほんとうの価値を発見しよう.東京,白桃書房,2003,105p.
エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳. キャリア・サバイバル:職務と役割の戦略的プランニング.東京,白桃書房,2003,87p.
金井壽宏編著. 社会と個人を元気にするキャリア・カウンセリング. 東京,日本経済新聞社,2003,291p.
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営