
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営【第1回】好き嫌いは、わがままなのか?
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「好き嫌いを言ってはいけない。」
私たちは子どもの頃から、そんなメッセージを受け取りながら育ってきました。
そのためでしょうか。「好き嫌い」という言葉には、どこか幼さやわがままさを感じる人も少なくありません。
仕事においても同じです。
仕事は責任を伴うものです。組織の一員として働く以上、自分の好きなことだけをしていればよいわけではありません。
だからこそ、多くの人は「好き嫌いよりも、やるべきことを優先するのが社会人だ」と考えているのではないでしょうか。
しかし、キャリアコンサルタントとして多くの人の相談に関わる中で、私はあることを感じています。
それは、自分の好き嫌いをまったく意識せずに働き続けることもまた、苦しさにつながることがあるということです。
私が好き嫌いを意識するようになったのは、経営学者の楠木建先生の影響です。
先生はご講演やご自身の著書『「好き嫌い」と経営』『「好き嫌い」と才能』『「好きなようにしてくださいー立った一つの「仕事」の原則」』など、好き嫌いをとても重視してらっしゃいます。
また「好きなようにしてください」という姿勢は、キャリアコンサルタントとしての私の軸になりつつあると感じています。
一見無責任なように感じられるのかもしれませんが、実はキャリアという超個人的なテーマを支援する者にとっては、とても大切な姿勢なのだと感じています。
ここでいう好き嫌いは、単なる気分や感情ではありません。
そうした、その人らしさを表す自己イメージです。
(キャリアコンサルタントの方なら、私が何を指しているのか、すぐに気づかれることでしょう)
また楠木氏は、「良し悪し」と「好き嫌い」を区別しています。私は次のように理解しています。
良し悪しは、世の中普遍的に通じる価値観です。
これらは誰にとっても重要なことです。
一方で好き嫌いは、個人という局所に関する価値観だと説明しています。
世の中には「良し悪し」という普遍的な価値観の中にも、世界を見渡せば文化圏や宗教、お国柄といった、いわば価値観があります。
また日本国内では県民性、地域性、さらに範囲を狭めると、社風・校風、家訓(今どきではありませんが)などの価値観があります。そして個人という最小範囲における価値観が「好き嫌い」になります。
そして好き嫌いは最も自由な価値観であり、そして「人それぞれ」ということになります。
人と関わることが好きな人もいれば、一人で考えることが好きな人もいます。
新しいことに挑戦したい人もいれば、専門性を深めたい人もいます。
そこに正解や不正解はありません。
好き嫌いとは、その人固有の価値観なのです。
キャリア相談の現場では、不思議なことがあります。
周囲から見れば恵まれた環境にいる人が、強い迷いを抱えていることがあるのです。
それでも、「このままで良いのだろうか」と悩んでいる。
話を丁寧に聴いていくと、その背景には本人の好き嫌いと現在の仕事とのズレが見えてくることがあります。
もちろん、それだけが原因ではありません。
しかし、自分が何に価値を感じ、何に違和感を覚えるのかを十分に理解しないまま働いていると、どこかで行き詰まりを感じることがあります。
私はそのような場面を何度も見てきました。
楠木建先生は、「インセンティブ」と「ドライブ」を区別しています。
インセンティブとは、給料や賞与、昇進、評価といった外側から伝わる誘因です。
もちろん、これらは重要です。
生活のためにも必要ですし、仕事を続ける上で欠かせないものでもあります。
しかし楠木氏は、それだけでは人は長く動き続けられないと指摘しています。
そこで重要になるのが「ドライブ」(動因)です。
ドライブとは、その人の内側から湧き上がる原動力です。
気になる。
こうした感覚は、誰かから与えられるものではありません。自分で見出すものです。
そして、その源泉にあるのが「好き嫌い」だと楠木氏は考えています。
実は、この考え方は心理学の世界でも知られています。
心理学者フレデリック・ハーズバーグは、「二要因説」という理論の中で、給料や労働条件などは不満を減らす要因にはなるものの、それだけで意欲が高まるわけではないと説明しています。
一方で、達成感や成長実感、仕事そのものへの興味関心などが、人を前向きに動かす要因になると考えました。
言葉は異なりますが、楠木氏のいうインセンティブとドライブにも通じる考え方です。
だからこそ、キャリアを考えるときには、「条件が良いかどうか」だけではなく、「自分は何に心を動かされるのか」という視点が欠かせないのです。
ここで誤解してほしくないことがあります。
私は「好きなことだけを仕事にしましょう」と言いたいわけではありません。
仕事は社会との関わりの中にあります。
組織には目的があります。
顧客には期待があります。
生活していくためには収入も必要です。
好き嫌いだけで仕事を選ぶことは、現実的ではありません。
しかし一方で、良し悪しだけでキャリアを考えることにも限界があります。
そうした理由だけで選択を続けていると、自分自身が置き去りになることがあります。
大切なのは、どちらかを選ぶことではないのだと思います。
良し悪しだけでもない。
好き嫌いだけでもない。
その両方をどう考えるかです。

心理学者の渡辺三枝子氏は、キャリア・カウンセラーのイメージを、次のように表現しています。
キャリア・カウンセラーは、個人のニーズと組織(環境)のニーズの最良のブレンドを目指して、多様な援助行動をとおして個人と組織に働きかける人(1)
《参考文献》
(1)金井壽宏編著.会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング.日本経済新聞社,2003年,73-74p
私は特に「ブレンド」という言葉に、キャリアの大切な意味が込められているのだと感じています。
キャリアは、個人の希望と組織の要求を単純に一致させる作業ではありません。
個人にも事情があります。
組織にも事情があります。
その両者が関わり合いながら、その人なりの働き方が形づくられていきます。
だからこそ、自分の好き嫌いを100%実現することだけが理想ではありません。
しかし逆に、自分の好き嫌いがまったく発揮できない状態も苦しいものです。
またブレンドという響きからは、コーヒーが連想されます。
異なるコーヒー豆を混ぜ合わせることによって、新たな味わいを生み出す。これは二者択一でもなく、譲歩や妥協でもない。
私の地元にあるコーヒー焙煎所の店主とお話した際に、コーヒーのブレンドについて「如何様にでもできるものです」と話してくれました。
”如何様にでもできる”という意味が、ブレンドという言葉には込められているのだと思います。
そしてこの点に、特に経営者の方には気付いてもらいたいと、常々願っています。
”如何様”は、さすがに言い過ぎなのかもしれませんが、個人が自分の好き嫌いに気づき、それを経営者が汲み取れれば、それは会社経営の大きな武器になるのだと思います。
そして”その人らしいキャリア”とは、自分の好き嫌いが少しでも活かされながら、社会や組織ともつながっている状態であり、組織・環境との相互作用によって、二者択一でもなく妥協や擦り合わせでもない、両者にとって新たな”味わい”を生み出すものなのだと思います。
私たちは「良い会社とは」「良い仕事とは」「良いキャリアとは」などと考える機会はあっても、「自分は何が好きで何が嫌いなのか」を真剣に考える機会は意外と少ないように思います。機会が少ないのではなく、考えることの重要性に気付いていないのかもしれません。
ここまでお話してきたとおり、自分の好き嫌いを理解することは、わがままになるためではありません。自分らしく働くための第一歩です。
では、その好き嫌いとは、いったい何なのでしょうか。
そして、それは私たちのキャリアにどのような影響を与えているのでしょうか。
次回は、「人には好き嫌いというコンパスがある」というテーマで、その手がかりを探ってみたいと思います。