
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営【第7回】キャリアコンサルタントの役割とは?個人と組織のキャリア形成を支える
受付時間:月〜金 9:00〜18:00

「好き嫌いを社会の価値へ」
この言葉をコンセプトにした本シリーズも、今回で最終回です。
第1回では、キャリアを考える上で「好き嫌い」を知ることの意味について考えました。
「好き嫌い」という言葉には、わがままな印象を持つ人もいるかもしれません。しかし、自分が何を好きだと感じ、何を嫌だと感じるのかを知ることは、自分らしいキャリアを考える上で大切なことだと考えています。
第2回では、エドガー・シャインの「キャリア・アンカー」を取り上げました。
第3回、第4回では、個人の「好き嫌い」や価値観を、経営者や組織がどのように考えることができるのかを考えました。
そして第5回では「キャリア・サバイバル」、第6回では「キャリア・ダイナミクス」を通じて、仕事や役割、そして個人と組織との関係は、固定されたものではなく、変化し続けるものだという視点を取り上げました。
ここまで考えてくると、一つの問いが浮かびます。
自分が何を大切にしているのか。
組織から何を期待されているのか。
そして、その二つの間にある関係は自分一人で考えるべきものなのでしょうか?
助言者が必要なら、誰と一緒に考えていけばよいのでしょうか。
そのときに役割を果たすことができる専門家の一人が、キャリアコンサルタントです。
キャリアコンサルタントというと、
「自分に合った仕事を教えてくれる人」
「転職先を紹介してくれる人」
というイメージを持つ人もいるかもしれません。
もちろん、仕事や職業について考えることも、キャリアコンサルティングの大切なテーマです。
しかし、それだけではありません。
キャリアコンサルティングでは、
「自分は何を大切にしているのか」
「今の仕事をどう感じているのか」
「これからどのような働き方をしたいのか」
「自分にはどのような可能性があるのか」
といったことを、相談者と一緒に考えていきます。
重要なのは、キャリアコンサルタントが本人に代わって答えを決めるわけではないということです。
「あなたにはこの仕事が向いています」
「この会社を辞めるべきです」
と、人生の答えを一方的に示すことが役割ではありません。
むしろ、本人が自分自身について考え、自分なりの答えを見つけていくことを支援する。
そこにキャリアコンサルタントの大切な役割があります。
私自身、キャリアについて考えるとき、「好き嫌い」は大切な入り口になると考えています。
経営学者の楠木建氏によると「好き嫌いとは良し悪しでないものであり、良し悪しとは好き嫌いではないものである」と述べており、普遍的な価値観である「良し悪し」と、個人的な価値観である「好き嫌い」を対比させて説明しています。
しかし個人的な価値観にも関わらず、自分の好き嫌いをはっきり言葉にできる人は、それほど多くありません。
「何がしたいのか分からない」
という相談は、珍しいものではありません。
そのようなとき、
「何がしたいのですか?」
と聞かれても、すぐに答えが出るとは限りません。
そこで、
「これまでの仕事で、比較的楽しかったことは何か」
「時間を忘れて取り組んだことはあるか」
「反対に、どうしても苦痛だったことは何か」
「人から評価されることと、自分が面白いと感じることは一致しているか」
と、少しずつ自分の経験を振り返っていきます。
好きなことだけでなく、嫌だったことも、自分を知るための大切な情報です。
そうした対話を重ねる中で、
「自分は、人と競争するより協力する方が好きなのかもしれない」
「専門性を深めることに喜びを感じるのかもしれない」
「人を支えることに意味を感じているのかもしれない」
と、それまで気づいていなかった自分が見えてくることがあります。
キャリアコンサルタントの役割の一つは、こうした本人の中にある思いや経験を、本人自身が整理できるよう支援していきます。自分ごとであるにも関わらず、見えていなかった自分に気づくプロセスに関わっていきます。
今回のシリーズで一貫して考えてきたように、私は「好き嫌いだけで仕事を選べばよい」と考えているわけではありません。
仕事には、社会から求められる役割があります。
会社には、事業を継続するための目的があります。
顧客からの期待もあります。
組織の中で働く以上、自分の好き嫌いだけでは決められないこともあります。
だからこそ、キャリアコンサルティングは、本人の内面だけを見て終わるものではありません。
「自分は何を大切にしているのか」と同時に、
「今、自分にはどのような役割が求められているのか」
「これから仕事はどのように変化していくのか」
「その中で、自分はどのような役割を担うことができるのか」
を考えていく必要があります。
ここで、第5回で取り上げた「キャリア・サバイバル」の視点が生きてきます。
仕事や役割は、固定されたものではありません。
環境が変われば、求められる役割も変わります。そしてその環境も、時代の変化とともに変わっていきます。
当然ですが、自分自身も変わります。
「キャリア・アンカー」という、仕事生活を通じて見出される「絶対に譲れない」自己イメージを「錨(いかり)」にしながら、組織や家庭で担う役割の変化の影響も受けながら、自分自身も変わっていきます。
だからこそ、キャリアコンサルティングは、一度だけ自分を診断して終わるものではなく、変化する自分と仕事との関係を、その時々で捉え直していくことを支援するものでもあります。
第6回では、シャインの「キャリア・ダイナミクス」を取り上げました。
そこで重要だったのは、キャリアを個人だけの問題として考えないことです。
個人には個人の希望があります。
組織には組織の目的があります。
そして、その両方は時間とともに変化します。
だから、
「個人が組織に合わせる」
だけでもありません。
反対に、
「組織が個人に合わせる」
だけでもありません。
両者の間にある関係を考え、必要に応じてつくり直していくことが必要になります。
私は、この考え方において、キャリアコンサルタントが果たせる役割は大きいと考えています。
キャリアコンサルタントは、基本的には個人の相談を丁寧に聴き、その人が自分自身について考えることを支援します。
一方で、企業の中でキャリア支援を行う場合には、個人だけを見ていればよいわけではありません。
その人がどのような仕事をしているのか。
組織はどのような方向に向かっているのか。
今後、どのような役割が必要になるのか。
そうした背景も理解する必要があります。
個人を見ることと、組織を見ること。
その両方の視点を持ちながら、個人と組織の間にある関係を考えていく。
そこに、企業におけるキャリアコンサルタントの重要な役割があります。
私は、キャリア支援を考える上で、「マッチング」だけでは説明できないことが多いと感じています。
もちろん、個人と仕事、個人と組織が合っていることは大切です。
しかし、人も組織も変化します。
最初は合っていると思った仕事が、数年後には合わなくなることもあります。
反対に、最初は興味がなかった仕事を経験する中で、新しい可能性に気づくこともあります。
個人の希望と組織の要請が、最初から完全に一致することは、おそらく多くありません。
だからこそ私は、心理学者・渡辺三枝子氏が表現した「ブレンド」という考え方に大きな意味を感じています。
組織からの要請と、個人の欲求を、どちらか一方に合わせるのではなく、両方を見ながら関係をつくっていく。
そのためには、
「本人は何を大切にしているのか」
「組織は何を期待しているのか」
を、それぞれが理解する必要があります。
そして、両者の間にある接点を探していくことになります。
大切なのはズレた2つのニーズがあり、そのギャップを理解するということです。
この思考過程を支援することは、キャリアコンサルタントが独自の専門性を発揮しながら活躍できる場面になります。
また相談者の「好き嫌い」という価値観を、支援者の「好き嫌い」を押し付けてしまったり、上塗りしてしまわないよう、キャリアコンサルタントは、カウンセリング心理学とキャリア行動に関する心理学の理論を拠りどころにしています。
企業の中でキャリアについて考えるとき、もう一つ大切なことがあります。
それは、従業員が安心して話せることです。
上司との面談では、
「こんなことを言ったら評価に影響するのではないか」
「会社を辞めたいと思っていることを言えない」
「今の仕事に不満があるとは言いにくい」
と感じる人もいるかもしれません。
本音を話すことが難しい場面もあります。
国家資格キャリアコンサルタントには、業務上知り得た秘密について守秘義務が課されています。
そのため、相談者が安心して自分のキャリアや仕事について考えることができる環境をつくる上でも、専門家が関わる意味があります。
もちろん、守秘義務があるからといって、個人と組織の関係を分断するわけではありません。
個人の相談内容を安易に会社へ伝えることはできませんが、個人の同意や適切な方法を踏まえながら、本人のキャリア形成を支援するために必要な連携を考えることはできます。
重要なのは、キャリアコンサルタントが「会社の代理人」でも、「従業員を会社から守るだけの存在」でもないということです。
一人ひとりが自分自身のキャリアについて主体的に考えられるよう支援しながら、その結果として個人と組織の双方がよりよい関係をつくれるよう支える。
私は、そのような存在であることが大切だと考えています。
自分の仕事について考えることは、必ずしも「転職するため」だけに必要なことではありません。
今の会社で、
「自分は何を大切にしたいのか」
「どのような仕事なら力を発揮しやすいのか」
「これから、どのような役割を担いたいのか」
を考えることも、立派なキャリア形成です。
従業員一人ひとりが、自分自身の仕事と向き合う。
自分の可能性を考える。
そして、組織の中で自分なりの役割を見つけていく。
そうした人が増えれば、組織にも変化が生まれます。
逆に、組織が従業員一人ひとりのキャリアについて考える機会を提供すれば、従業員にとっても、
「この会社は、自分のことを一人の働く人として見てくれている」
という安心感につながるかもしれません。
個人のキャリア形成を支援することは、個人だけのためでもありません。
その人が自分らしく力を発揮できるようになることは、組織にとっても価値になります。
そして、組織の中で生まれた価値は、顧客や地域、社会へとつながっていきます。
このシリーズの最初に、「好き嫌い」という言葉からキャリアについて考え始めました。
「好きなことだけをすればいい」
ということを伝えたかったわけではありません。
人には、それぞれ違った「好き嫌い」があります。
得意なことも違います。
大切にしたいことも違います。
その違いを知り、それを仕事や社会との関係の中で、少しずつ発揮していく。
好き嫌いを100%実現できなくてもよい。
しかし、多かれ少なかれ、自分が大切にしているものを仕事の中で発揮できている。
私は、それが「その人らしく働く」ことにつながるのではないかと考えています。
そして、一人ひとりの「好き嫌い」や価値観が、個人の中だけで終わるのではなく、組織の中で活かされ、仕事を通じて誰かの役に立つ。
そこではじめて、
「好き嫌い」が「社会の価値」へとつながっていく。
キャリアコンサルタントは、その答えを一方的に示す存在ではありません。
一人ひとりが自分自身について考え、組織や社会との関係を見つめ、その人なりの役割をつくっていく。
その過程に寄り添い、支える。
それが、私が考えるキャリアコンサルタントの役割です。
「自分は何が好きなのだろう」
「今の仕事で、自分らしさを発揮できているだろうか」
「これから、どのように働いていきたいのだろう」
そんな問いに、すぐに正解が見つからなくても構いません。
大切なのは、その問いを持ち続け、ときどき立ち止まりながら、自分と仕事との関係を考えていくことではないでしょうか。
キャリアは、一人で完成させるものではありません。
人と関わり、組織と関わり、社会と関わる中で、時間をかけて少しずつ形づくられていくものです。
だからこそ、自分の「好き嫌い」を知ることから始めてみる。
そして、それを自分だけのものにせず、仕事や社会との関係の中で活かしていく。
それが、「好き嫌いを社会の価値へ」という言葉に込めた、私自身の考えです。
まずは自分の好き嫌いを探ってみたいという方、従業員にそれぞれの好き嫌いと組織で果たすべき職務と役割について考えて欲しいという経営者の方がいらっしゃいましたら、ぜひご相談ください。
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営
【第5回】私が会社から期待されていることは何か? キャリア・サバイバルという考え方
【第6回】自分らしく働くとは、組織とどう関わることなのか – シャインの「キャリア・ダイナミクス」から考える
《参考文献》
エドガー H.シャイン著 二村敏子+三善勝代訳. キャリア・ダイナミクス:キャリアとは、障害を通しての人間の生き方・表現である。.東京,
白桃書房, 1991,327p.
エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳. キャリア・アンカー:自分のほんとうの価値を発見しよう.東京,白桃書房,2003,105p.
エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳. キャリア・サバイバル:職務と役割の戦略的プランニング.東京,白桃書房,2003,87p.
金井壽宏編著. 社会と個人を元気にするキャリア・カウンセリング. 東京,日本経済新聞社,2003,291p.
渡辺三枝子編著. 新版キャリアの心理学[第2版]キャリア支援への発達的アプローチ.東京,ナカニシヤ出版,2018,248p