
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営【第3回】従業員にも「人生の経営理念」がある
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企業には、経営理念があります。
「この会社は何のために存在するのか」
「どのような価値を社会に提供するのか」
経営者は、こうした問いと向き合いながら会社を経営しています。
理念があるからこそ、迷ったときに判断することができます。
では、働く一人ひとりには理念は必要ないのでしょうか。
会社の理念を理解し、それに従って働くだけでよいのでしょうか。
私は、そうではないと考えています。
なぜなら、働く人一人ひとりもまた、自分自身の人生を経営しているからです。
私がキャリアの話をする際によく口にするのが「みんな株式会社オレのCEOなんだ」という言葉です。
現在は東京都副知事を務める宮坂学氏が、ヤフー株式会社(現在はLINEヤフー株式会社)の社長時代に発していたものです。つまり
「一人ひとりが、自分という会社の経営者である」
という考え方です。
また松下幸之助氏も新入社員に対して
自らを「社員」という稼業の社長であると考えてはどうか(1)
と問いかけています。
《参考文献》
(1)松下幸之助[述]PTP総合研究所[編]. 人生と仕事について知っておいてほしいこと. PHP研究所,2010年. p.108-109
自分という会社を、どのように成長させていくのか。
何を大切にし、どのような価値を生み出していくのか。
それを考えることは、まさにキャリア形成そのものです。
企業に経営理念があるように、働く人にも「自分は何を大切にして生きていくのか」という軸が必要なのではないでしょうか。
その軸を考える上で大切になるものの一つに、その人の「好き嫌い」があるのだと思います。
もちろん、ここでいう好き嫌いは、単なるわがままではありません。
そうした、その人らしさを理解するための手がかりです。
前回お伝えしたとおり、エドガー H.シャインは「キャリア・アンカー」という、経験・能力、動機・欲求、価値観に対する自己イメージの概念を提唱しています。
私は、中小企業家同友会という団体に参加しています。
中小企業家同友会は1957年に設立された歴史ある団体で、中小企業の経営者同士の交流から、経営を学び合う団体です。
全国に支部組織があり、5万人以上の経営者が参加しています。
この中小企業家同友会では、「人をいかす経営」を大切な考え方の一つとして掲げています。
社員を単なる労働力として見るのではなく、一人の人間として尊重し、その可能性を引き出していくという考え方です。
会員である企業の社長さんが
「人をいかす経営とは、その人のいいところを見出すこと」
と理解しているという話を、耳にしたことがありました。
この言葉には、社員を大切にする経営の本質が表れていると感じました。
一方で、私はその言葉を聞いたとき、一つの問いが浮かびました。
その人の「いいところ」とは、誰が感じているものなのだろうか。
経営者が「いいところ」だと思っていることなのか。
それとも、本人が「自分のいいところ」だと思っていることなのか。
例えば、経営者から見ると、
こうしたことは、その人の大きな強みです。
組織にとって価値のある能力でもあります。
しかし、それが本人にとっても「自分らしい強み」だと感じているとは限らないのではないでしょうか?
一方で、
こうしたものは、必ずしも経営者から見えやすい強みとは限りません。
しかし、本人にとっては大きな原動力になるものです。何せ「好き」なことなので、言われてするのではなく、自ら没頭することになります。
人より上手くできることと、その人が好きだと感じることは、必ずしも一致するとは限りません。
先ほど紹介したその人の「いいところ」について、私はあるベテラン経営者の方のご意見を伺ったことがあります。
その方は、
「従業員が自分のいいところを見つけられるのが理想だと思う。しかし、間違った認識をしてしまう可能性もあるのではないか」
という見解を教えて下さいました。
私は、この意見はベテランの中小企業経営者だからこそ語ることができる、非常に現実的な不安の現れでもあるように感じました。
中小企業では大企業に比べて、一人ひとりの役割が大きく、社員一人の判断や行動が会社全体に影響するものなのだと思います。
経営者には、
社員の生活を守る責任があります。
顧客からの信頼を守る責任があります。
会社を存続させる責任があります。
だからこそ、「本人がやりたいことを自由にすればよい」と簡単には言えないのだと思います。
この不安を無視して、社員の好き嫌いだけを重視すればよいという話にはならないのだろうと感じました。
では、どうすればよいのでしょうか。
大切なのは、
経営者が社員の可能性を決めることでもなく、社員本人だけにすべてを委ねることでもありません。
必要なのは対話なのだと思います。
本人が、
を考える。同時に、
それらをすり合わせていくことです。
心理学者の渡辺三枝子氏は、次のように述べています。
キャリア・カウンセラーは、個人のニーズと組織(環境)のニーズの最良のブレンドを目指して、多様な援助行動をとおして個人と組織に働きかける人(2)
《参考文献》
(2)金井壽宏編著.会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング.日本経済新聞社,2003年,73-74p
私は、この「ブレンド」という考え方が重要だと感じています。
特に企業や団体におけるキャリアは、個人か組織かという二者択一ではありません。
どちらかを優先するのではなく、両者が関わり合う中で、その人らしい働き方が形づくられていくのです。
ブレンド以外にも「調和」「ハーモニー」も似合うのかもしれません。
逆に最も似合わないのは「カード」や「ディール」といったやり方でしょうか?
経営者は、社員の「いいところ」を見出す存在として、大切な役割を果たします。
決してお世辞ではなく、素直に感じたその人のいいところをフィードバックとして伝えることは、従業員が自らの強みや価値観に気づく大きな支援になるはずです。
そして同時に、社員自身が自分の価値を発見できる環境や機会を提供することも欠かせないはずです。
まずは社員一人ひとりが、自分の好き嫌いや価値観に気づこうとする、そして考える。
そして自らが与えられた環境、役割においていかに自分らしさを発揮していくべきかを考える。
会社は従業員一人ひとりの自分らしさを育てた上で、自社の事業にどのようにいかせるのかを考えていく。
このような姿勢が、従業員と経営者の両者にあってはじめて、本当の意味での「人をいかす経営」につながるのだと思います。
好き嫌いは、単なる従業員の好みではありません。
それは、その人が持つ可能性の入り口になるものだと感じます。
次回は、「好き嫌いを仕事の価値に変える」という視点から、個人の価値観がどのように社会や組織への貢献につながっていくのかを考えていきます。
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営