
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営【第5回】私が会社から期待されていることは何か? キャリア・サバイバルという考え方
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前回までのコラムでは、自分の「好き嫌い」や、個人の価値観について考えてきました。特に第2回では、エドガー・シャインの「キャリア・アンカー」を取り上げました。キャリア・アンカーとは、長期的な仕事生活において拠りどころになるものであり、自身の能力、欲求、価値についてのセルフ・イメージを言います。
では、ここで一つ視点を変えてみましょう。
自分が何を大切にしているのかを知るだけで、キャリアを考えることは十分でしょうか。
私は、もう一つ知っておきたいことがあると思います。
それは、「自分が働いている組織は、自分に何を期待しているのか」ということです。
会社に入ると、一人ひとりに仕事や役割が与えられます。
営業であれば、顧客との関係を築き、商品やサービスを提供することが期待されます。
製造であれば、安全や品質を守りながら製品をつくることが求められます。
管理職であれば、メンバーを支援し、組織として成果を上げることが期待されます。
このような「会社から期待されていること」は、必ずしも本人が好きなこととは一致しません。
それでも、組織の一員として働く以上、一定の役割や責任を担うことは必要です。
会社には会社の目的があります。
顧客からの期待があります。
社会に対する責任もあります。
だからこそ、社員一人ひとりに対して「こういう役割を担ってほしい」「こういう力を発揮してほしい」という期待が生まれます。
キャリアを考えるとき、私たちは「自分は何がしたいのか」「何が得意なのか」と、自分自身に目を向けます。
これは、とても大切なことです。
しかし、それだけではキャリアの全体像は見えてきません。
例えば、本人は「人と関わる仕事がしたい」と思っているとします。
実際に営業の仕事を任されたところ、人と話すこと自体は楽しい。しかし、顧客の課題を理解したり、約束を守ったり、成果を上げたりすることには苦労するかもしれません。
そこで初めて、「人と関わることが好き」という自分の思いと、「営業として期待される役割」の存在に気づくことがあります。
反対に、最初はあまり興味がなかった仕事でも、会社から期待されて取り組んでみた結果、「意外と面白い」「もっと深くやってみたい」と感じることもあるでしょう。
仕事を経験することによって、自分自身のことが分かってくることは意外と多いのではないでしょうか。
このように、キャリアを考えるときには「自分自身」のニーズだけでなく、「自分が所属する組織」のニーズにも目を向ける必要があります。
エドガー・シャインの「キャリア・サバイバル」は、まさにこの視点を指す概念です。
まずここでいう「サバイバル」とは、単純に「会社で生き残るために、会社の言うことに従う」ということではありません。
サバイバルという言葉は、この概念を著した書籍のタイトルにも記されているのですが、原書は『Career Survival: Strategic Job and Role planning』であり、邦訳本も『キャリア・サバイバル 職務と役割の戦略的プランニング』とされています。個人が仕事をする上で組織や環境から求められている職務と役割について、戦略的に(時間経過を見て)計画していくというものです。
戦略的な計画をするためには、対象について何らかの分析や評価が必要になります。キャリア・サバイバルで対象になるのは職務と、その職務にある人間関係のネットワークの2つです。
さらに特徴的なのは、役割や人間関係のネットワークを固定されたものとして捉えておらず、動態的なものとして扱っています。
私たちを取り巻く環境は変化します。顧客のニーズが変わる。技術が変わる。競争環境が変わる。組織の方針が変わる。そして、それに伴って、これまで必要だった仕事や役割も変わっていきます。
この変化する職務と役割を明らかにするために、キャリア・サバイバルでは6つのステップで、職務と役割を分析していきます。
このような分析を通じて「今の仕事をどうこなすか」だけではなく、「これから仕事や役割がどう変わるのかを見通し、その変化にどう対応するか」まで見通すものです。
自分が置かれている環境のニーズを固定的に捉えるのではなく、動態的に把握しようとすることによって、時代の変化に対応することはもちろん、自らの職務と役割を、「戦略的」という時間経過を加味した視点から見つめることができます。結果として自身のキャリア発達(社会人として成長すること)につながり、同時に自身が所属する組織、さらに社会への持続的な貢献につながります。
またキャリア・サバイバルが「職務」だけでなく「役割」にも言及しているのは、以下のような理由によります。
従来の職務管理では、職務記述書などによって、「この仕事にはこの業務がある」「この職務にはこの責任がある」と、仕事をある程度固定的に定義することが行われてきました。
しかし、実際の職場で起きていることは、そんなに単純ではありません。
同じ「営業」という職種でも、顧客や上司、同僚、他部署など、関わる相手によって期待されることは違います。
さらに、会社を取り巻く環境が変われば、同じ職務名であっても求められる役割は変わります。
例えば、これまで「商品を売ること」が中心だった営業担当者に、顧客の課題を発見し、社内の技術部門と連携して解決策を提案することが求められるようになるかもしれません。
職務名は変わっていなくても、役割は変化しています。
だからこそ、固定された職務記述だけを見るのではなく、「今、この仕事には何が求められているのか」「これから何が求められるようになるのか」まで見なければなりません。
さらに興味深いのは、シャインが「(利害)関係者の期待」に目を向けていることです。
注)原著はstakeholderであり「利害関係者」と邦訳されていますが、金井壽宏氏は”「関係者」ぐらいの気持ちで読んだほうがいいかもしれません”と添えています。
仕事は、自分一人で完結しているわけではありません。
上司は何を期待しているのか。
同僚は何を期待しているのか。
顧客は何を期待しているのか。
他部署からは何を求められているのか。
こうしたさまざまな人との関係の中で、自分の役割が成り立っています。
そして、環境が変われば、それぞれの期待も変わります。
だからこそ、キャリア・サバイバルでは、単に「自分は何ができるか」だけを見るのではありません。
「周囲から何を期待されているのか」「その期待はこれからどう変わるのか」を考えるのです。
会社から何を期待されているのかを知ることは、会社のためだけに必要なことではありません。
むしろ、自分自身のキャリアを考えるためにも重要です。
例えば、上司から「あなたには将来、後輩を育てる役割を担ってほしい」と言われたとします。
その言葉をきっかけに、
「自分は人を育てることに向いているのだろうか」
「人を育てることに面白さを感じるだろうか」
「それなら、もっとコミュニケーションについて学んでみたい」
と考えるかもしれません。
逆に、会社から期待されていることに対して、「どうしても自分には合わない」と感じることもあるでしょう。
それもまた、自分の価値観やキャリア・アンカーを理解するきっかけになります。
つまり、組織からの期待を知ることは、自分を知ることにもつながるのです。
ここで、一度自分の職場について考えてみてください。
会社は、あなたに何を期待しているでしょうか。
「言われた仕事をきちんとやること」でしょうか。
「売上を上げること」でしょうか。
「周囲と協力すること」でしょうか。
「新しいことに挑戦すること」でしょうか。
あるいは、今の仕事だけではなく、将来のリーダーとしての役割を期待されているかもしれません。
ところが、意外と私たちは、「会社が自分に何を期待しているのか」を明確に考える機会が少ないのではないでしょうか?
評価面談などで「もっと主体性を持ってほしい」「リーダーシップを発揮してほしい」と言われても、その言葉の意味を十分に理解しないまま終わってしまうことも、多々あるように感じます。
だからこそ、会社から何を期待されているのかを、具体的に知ることが大切なのです。
ただし、ここでも注意したいことがあります。
「会社が求める人材像に、自分を合わせましょう」という話ではありません。
むしろ、自分が担っている役割を、自分自身も主体的に捉え直してみるということです。
環境が変われば、求められる役割も変わります。
であれば、「自分の仕事はこれだから」と固定的に考えるのではなく、「今の自分には何が求められているのか」「これから何が必要になるのか」を考え続けることが、自分のキャリアを守ることにもつながります。
もちろん、社員本人が考えるだけでは十分ではありません。
経営者や管理職には、「会社として何を期待しているのか」を伝える役割があります。
「あなたには、こういう役割を期待している」
「今はこういう力を身につけてほしい」
「将来的には、こういうことを任せたい」
こうした期待が明確になれば、社員も自分のキャリアを考えやすくなります。
さらにその期待が、会社の事業や理念とつながっていることを示すことも、組織への帰属意識を高めるうえで欠かせないでしょう。ここに、企業が経営理念や中長期的な目標を示すことの大切さがあります。
一方で、社員が何を大切にしているのか、どんな仕事に興味を持っているのかを知ることも、経営者や管理職にとって重要になってくるはずです。なぜならば仕事を実際にするのは、従業員だからです。
「会社が求めること」と「自分が大切にしたいこと」の両方を知って、初めて自身のキャリアについて考える土台ができます。
ただし、ここではまだ「どうやって両立させるのか」という答えを急がないようにしましょう。
まずは自分自身の価値観と、組織からの期待という二つの視点があることを知ることが重要です。
キャリアというと、「自分は何をしたいのか」という個人の内側に目が向きがちです。
もちろん、それは大切です。
しかし、仕事は一人では完結しません。
会社という組織の中で働くなら、その組織が何を目指し、自分にどのような役割を期待しているのかを知る必要があります。
自分の好き嫌いや、自分にとって大切なものを知ること。
そして変化していく環境の中で、自分の役割に何が期待されているのかを知ること。
この二つの方向から自分の仕事を見ることで、キャリアをより立体的に考えられるようになります。
では、自分の「キャリア・アンカー」と、組織からの「キャリア・サバイバル」は、実際にはどのような関係にあるのでしょうか。
自分らしさを大切にしながら、組織の中で役割を果たしていくことは可能なのでしょうか。
次回は、シャインの「キャリア・アンカー」と「キャリア・サバイバル」の両方に目を向けながら、その二つをどのように扱っていくのか、「キャリア・ダイナミクス」という考え方から考えてみたいと思います。
《参考文献》
エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳. キャリア・アンカー:自分のほんとうの価値を発見しよう.東京,白桃書房,2003,105p.
エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳. キャリア・サバイバル:職務と役割の戦略的プランニング.東京,白桃書房,2003,87p.
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