
シリーズ「好き嫌い」でつながるキャリアと経営【第2回】「好き嫌い」というキャリアのコンパス
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前回は、「好き嫌い」は単なるわがままではなく、自分らしいキャリアを考える上で大切な視点かもしれない、というお話をしました。
では、その「好き嫌い」はどこから生まれるのでしょうか。
なぜ同じ職場で働いていても、人によってやりがいを感じる仕事が違うのでしょうか。
そのヒントになる考え方が、アメリカの社会心理学者エドガー・H・シャイン(1928~2023)が提唱した「キャリア・アンカー」です。
アンカーとは、船の錨(いかり)のことです。
錨には海が荒れても、船が流されないように支える役割があります。
シャインは、人にも同じような「心のいかりのようなもの、拠りどころになるもの」があると考えました。
人生にはさまざまな選択があります。
そのとき、その人には「これだけは譲れない」と感じる価値観があります。
それがキャリア・アンカーです。
例えば、ある人は専門性を高めることに喜びを感じます。
一方で、ある人は人をまとめる立場で力を発揮します。
また別の人は、新しいことに挑戦することに魅力を感じます。
安定した環境を大切にする人もいれば、社会に貢献できることを何より重視する人もいます。
どれが正解ということではありません。
人によって、大切にしたいものが違うのです。
つまり「良し悪し」ではなく、その人の「好き嫌い」の話になります。
だから「あの人には合う働き方」が、自分にも合うとは限らないのです。。
私はキャリア相談の中で、「本当は何が好きなのか分からない」という声を耳にすることがあります。
しかし、お話を丁寧に伺っていくと、少しずつその人らしい特徴が見えてきます。
「人から相談されると嬉しい。」
「新しい企画を考えていると時間を忘れる。」
「一人で黙々と仕事をすると集中できる。」
「技術を極めていくことが楽しい。」
このような感覚は、人と比べて優れているかどうかではありません。
その人自身の「好き嫌い」です。
そして、その積み重ねがキャリア・アンカーにつながっていくのだと感じています。
ここで誤解してほしくないことがあります。
キャリア・アンカーは、「あなたにはこの仕事が向いています」と教えてくれる診断ではありません。
人生の正解を示してくれるものでもありませんし、そもそも人生の正解があるのかどうかはわかりません。
私は、キャリア・アンカーは「コンパス」のようなものだと考えています。
コンパスは目的地を決める道具ではありません。
しかし、自分がどちらを向いているのかを確認することはできます。
キャリアも同じです。
仕事には、組織からの期待があります。
家庭の事情もあります。
収入も大切です。
だから、好きなことだけを選べるわけではありません。
それでも、自分の好き嫌いを知っている人は、大きな選択に迷ったとき、「自分は何を大切にしたいのか」という視点に立ち返ることができます。
コンパスがあって自分が行きたいという方向がわかっていると、その時に周囲から求められている方向との差異を把握することもできるのです。
キャリア・アンカーについてシャインは、「見えにくいものである」と説明しています。
キャリア・アンカーは、その人の経験や能力(コンピタンス)、仕事に対する欲求や動機、自分らしさを感じられる価値観に対する自己概念であり、おそらく10年、ないしそれ以上の仕事経験を積んで見えてくるものだとしています。
さらにキャリア・アンカーは自己診断に加えて、パートナーからのインタビューも受けて明らかにしていくものです。
またシャインはキャリア・アンカーを、次のような経緯から見出しました。
ひとはある会社に入って経験を積むと、自然とその会社の人ならではの雰囲気を持つようになります。
社会人であれば、他社の人と交流した際にその人たちから自社とは違う雰囲気や、その会社らしさというものを、なんとなく感じ取ることがあるのではないでしょうか?
シャインはどのようにして、ひとが「その組織のひと」へと、いわば染まっていくのかという視点から、マサチューセッツ工科大学の卒業生たちを長年に渡って追跡調査しました。
しかしこの調査によって見えてきたのは、卒業生たちが自らが所属した組織に染まる要因ではなく、むしろその人がその人らしくあり続けたいと強く望む、絶対にゆずれないと感じる自己概念でした。
それが「キャリア・アンカー」です。
組織において役割や立場が変わり、自分に適していない仕事についたとき、自分にはもっと適している何かに「引き戻されている」というイメージのことについて語ったと言います。このような自己概念を、船の錨(アンカー)にたとえたのです。

またキャリア・アンカーには8つのカテゴリーが示されており、その人にとってのキャリア・アンカーは、絶対に手放せない一つだとしています。
8つのカテゴリーについては、さまざまな記事で紹介されているのでご覧いただければと思うのですが、あまり紹介されていないことがあります。
それはシャインが示したキャリア・アンカーを探るエクササイズにおいては、8つのカテゴリーを1から8までの順番に並べるようにしていることです。
つまり絶対にゆずれないカテゴリーを見出すのは当然ですが、逆に最も手放しやすいカテゴリーについても見出すようにしているのです。
これは私が「好き嫌い」を、キャリア・アンカーに重ねてイメージしている理由の一つにもなっています。
単にその人の「好き」だけでなく「嫌い」にも注目していることに、深い意味があるのだと感じます。
日本語として誰もが使ってきた「好き嫌い」と、20世紀から21世紀にかけてアメリカで行われた研究で見出された「キャリア・アンカー」との間に存在する共通点だと理解しています。
私たちは、周囲から求められることには気にしても、自分が本当に大切にしたいものには意外と気づきにくいものです。
また従業員という立場であると自分の好き嫌いに気づいていても、組織においては引っ込めてしまいがちです。
ですが一度立ち止まって考えてみてください。
「私の経験や、これまでに身につけてきた能力とは何だろう」
「私がこれからの仕事に望むことは何か?なぜそれを望むのか」
「私は、どんな仕事をしているときに自分らしいと感じることができるのか」
その答えは、あなたのキャリアを支えるコンパスになるはずです。
次回は「好き嫌い」を、組織や経営者の視点から考察していきます。
《参考文献》
エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳.キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう.白桃書房,2003年