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正解のない時代にキャリアを創造する【第7回】人的資本経営とキャリアにおける「好き嫌い」

変化が激しく先が見通しにくくなった現代社会において、私たちはいかにして職業人生を送っていくべきか?

「正解のない時代にキャリアを創造する」と題して、弊社が提供するキャリア形成支援に関するお話を進めてきました。

今回は「人的資本経営」と「好き嫌い」をテーマにお伝えします。人的資本経営という、人材をコストではなく資本(投資対象)として捉える発想において、個人が好き嫌いを認識してキャリアを歩むことが、これからの経営に求められていることをお伝えしていきます。

キャリア支援の現場で好き嫌いに注目する

「好き嫌い」という言葉は、私がキャリア形成支援の場面で、ほぼ必ずと言ってよいほど口にする言葉です。

「好き嫌い」という言葉から最も連想されるのは、食べ物ではないでしょうか?そして「(食べ物では)好き嫌いをしちゃダメですよ」というイメージもあります。

しかし私が扱うのは「キャリアにおける好き嫌い」「仕事生活における好き嫌い」、「人生における好き嫌い」です。

私が「キャリアにおける好き嫌い」の大切さを学んだのは、経営学者の楠木建先生(現一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授)のお話です。

楠木建先生は『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)の著者であり、競争戦略という分野の専門家でいらっしゃいます。

「好き嫌い」は楠木建先生のお話において重要なテーマとして扱われており『「好き嫌い」と経営』、『「好き嫌い」と才能』(いずれも東洋経済新報社)といった著書もあります。

良し悪しは普遍的、好き嫌いは組織や個人に局所化された価値観

楠木建先生は「好き嫌い」について、「良し悪しとは普遍的な価値観であり、好き嫌いとは特定の組織や個人に局所化された価値観」と仰っています。

世のため人のために働くことは良く、人を傷つけたり、人のものを奪うことは悪いという考えは、戦時下など異常事態を除けば、いつの時代、全世界、どの国に行っても変わらない普遍的な価値観です。

しかし対象を全世界から、特定の地域に限定すると、宗教や文化の違い、国ごとに絞れば政治体制や国民性など、普遍的な良し悪しの中に特定の価値観が存在します。日本国内でも県民性、会社には社風や企業文化、家族には家訓(今は少ないのかもしれませんが)などの価値観があり、個人にまで局所化するとその人の「好き嫌い」という価値観があります。つまり「人それぞれ」の価値観が存在するということです。

楠先生は著書『好きなようにしてください たった一つの「仕事」の原則』(ダイヤモンド社)の中で、次のように述べています。

読者の皆さんにおかれましては、本書がご自身の「好きなようにする」を再認識したり、再定義するきっかけになれば幸いです。
好きなようにするその先に、充実したキャリアが拓けますように

経営学者が好き嫌いを語る意味

経営学、しかも競争戦略という一見すると弱肉強食のようなイメージもある分野を研究されている学者さんが、個人が充実したキャリアを拓くために「好き嫌い」を大切にしていらっしゃることが、私にはとても興味深く感じられます。「好きこそものの上手なれ」を、組織の経営を通じて、社会や個人の幸福に繋げようとされているように受け止めています。

人的資本経営に見える好き嫌い

好き嫌いの話が長くなりましたが、今回の本題である「人的資本経営」にある「キャリアの好き嫌い」はどこに見受けられるのでしょうか?前回お伝えした「人材版伊藤レポート」で示されている「3P・5Fモデル」の中の5F(5つの共通要素)の中にこそ、「キャリア」や「キャリアにおける好き嫌い」が潜んでいると私は考えています。

共通要素①「動的な人材ポートフォリオ」には組織による個人のキャリア形成支援の必要性が示されている

5つの共通要素の1番目に挙げられた「動的な人材ポートフォリオ」とは、いわゆる「適材適所」なのですが「動的」という言葉が添えられています。これは現時点の人材やスキルではなく、自社の将来像から必要となる人材の要件を定義し、その要件を満たす人材を獲得・育成することを重視しています。組織が従業員に対して、将来求められる要件を満たせるよう支援することは、組織がその人のキャリア形成に関わるということです。

共通要素②「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」は多様性を重視している

二つ目の共通要素について、人材版伊藤レポートでは、企業が成長を続けていくためには非連続なイノベーションを生み出すことが重要であること、そのためには「多様な個人を掛け合わせること」を提案しています。かつての日本社会は、同質性が重視され、その中で「擦り合わせ」で物事が進んできました。しかし先行きが見通せない、正解のない時代においては、似たもの同士の擦り合わせでは対応しにくくなっています。むしろ積極的に多様性を受け入れて、今までになかったもの(非連続なイノベーション)を生み出すことも求められています。多様性とは、異なる価値観や経験を認め合うことです。その根底には、一人ひとり異なる「好き嫌い」が存在しているとも言えるでしょう。

これまで私たち日本人が、同じであることが好まれていたとするならば、これからは逆に個人の「好き嫌い」を探って、掛け合わせることによって今まで気づかなかった価値を生み出そうという発想です。トヨタ自動車が手掛けている「ウーブンシティ」でも「みんなのkakezan」によって、新たな価値を生み出そうとしています。

共通要素③「リスキル・学び直し」には好き嫌いを大切にすべき

3つ目の要素「リスキル・学び直し」は、キャリア形成支援の中で方策として推進しようとしているものです。ただなんでもリスキル・学び直しをするのではなく、個人の好き嫌いも見据えた上で、学ぶ対象を選ぶことを強く推奨しています。なぜならば「好きこそものの上手なれ」、人は興味や関心を持てることに対してこそ、主体的に学び続けることができるからです。

共通要素④「従業員エンゲージメント」人は好きなことができる環境を好むもの

従業員エンゲージメント(会社に対する愛着)は、動機づけられることによって生まれてくるものです。動機づけられるとは、好きなことに没頭することによって、個人の内側から生まれてきます。給料がいい、休暇が取りやすい、職場の設備が整っているなどの要因も当然大切ですが、加えて個人が没頭できる状態、つまり、自分の「好き」や強みを思う存分に発揮できること、さらにその成果が組織によって認められ、社会をより良くしていくことに繋がると実感できた時、会社に対する愛着は強固になっていくはずです。

共通要素⑤「時間や場所にとらわれない働き方」にも好き嫌いが表れる

働く時間や場所、リモートワークや在宅勤務などは、働く条件面の要素が大きいかと思いますが、仕事とプライベートの両立における好き嫌いといった要素も含まれていることでしょう。

人的資本経営と好き嫌い

繰り返しになりますが、変化が激しく先が見通せず、何が正解か分からない時代において、私たちはどのようにキャリアを形成していけばよいのでしょうか。

その第一歩は、自分自身のキャリアにおける「好き嫌い」に気づくことです。そして経営者には、従業員一人ひとりの好き嫌いや価値観を理解し、自社の経営理念や事業の方向性とうまく結び付けていくこと、より良い社会に向けた事業であることを、従業員に示し続けることが求められます。

自社が社会にどのような価値を提供しようとしているのかを従業員に伝え、一人ひとりの「好き」が活かされる環境をつくること。それこそが人的資本経営の本質の一つなのではないでしょうか。

最後に改めて、私が個人と組織の支援に携わる際に、大切にしている楠木健先生の言葉を記しておきます。

究極の人的資本経営とは、個人が好き嫌いを語り、経営がそれを汲み取り、「好きな仕事を」思い切り凝ってやれる状態

シリーズ「正解のない時代にキャリアを創造する」
【第6回】人材版伊藤レポートの3P・5Fモデルとは

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